海を背にして細い路地を歩くと、家々の瓦屋根が陽を受けてきらりと光る。山の緑と、板張りの黒い外壁とが、どこか懐かしい調和を見せていた。
舟屋の町、伊根。
家のすぐ下に海があり、戸口を開ければ波の匂いが入り込んでくる。舟を仕舞うための空間がそのまま暮らしの一部になっている不思議さ。暗がりの中から切り取られるように見える海の青は、まるで秘密を覗き見るようで、胸がざわつく。
港に並ぶ家並みを、対岸から眺めると、まるで海の上に浮かんでいるかのように見える。屋根の連なりは波打ち際と溶け合い、ひとつの風景画のようだった。
観光地として賑わいもあるけれど、ふと路地を曲がると、人の暮らしの時間がそのまま残っている。鉢植えの花、軒先に干された網、駐車したままの日常の車。そこに暮らす人々の営みが、静かに息づいていた。
海とともに暮らすということは、絶えず変わるものと寄り添うことでもある。凪の日も、荒れる夜も、同じ屋根の下で受けとめながら日々を重ねる。
伊根を歩くと、その積み重ねた時間ごと、景色がやさしく包んでくれるように思えた。