海にほどける記憶

風景

海のきらめきは、記憶の奥に沈んでいた感情を、そっと引き上げてくれる。
光の粒が波に乗ってはじけるたび、あの時の声や笑いが蘇るようだ。

防波堤の上に立つ影が三つ。誰かが手を振り、誰かが黙って遠くを見ている。
その一瞬の仕草や沈黙までもが、海の音に包まれて、ほどけていった。

写真に残るのは輪郭だけなのに、不思議と匂いや風の冷たさまで思い出せる。
潮の匂い、肌に残る塩気、帰り道に感じた小さな寂しさ。

海はいつも変わらず広がっているけれど、そこで過ごした時間は二度と同じにはならない。
だからこそ、あの日の光の中に立っていた自分たちが、どこか愛おしい。

記憶は波のように揺れ、寄せては返しながら、少しずつ形を変えていく。
それでも海のきらめきに触れるたび、確かにそこにあった時間が、静かに胸をあたためるのだ。

──「海での記憶」

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