茅の輪をくぐる夜。
夕暮れ前、やわらかな風が通り抜けるころ。
ぽつぽつと灯りはじめた提灯の明かりをたどって、
今年も「鬼子母神祭」へ向かった。
境内に入ると、立派な本堂の前に赤い提灯がずらり。
どこか懐かしい匂いのする、お祭りらしい空気が広がっていた。
浴衣姿の子どもたちの笑い声。
お年寄りの手を引く家族の姿。
ああ、やっぱりこういう夏の時間が好きだな、と思う。
このお祭りの見どころは「茅の輪くぐり」。
本堂の前に立てられた大きな輪。
青々とした茅で編まれ、思った以上に立派で、
どこか神聖な雰囲気をまとっていた。
「輪をくぐると無病息災になりますよ」
やさしく声をかけてくれたお寺の方の言葉が、
胸にすっと沁みていく。
順番を待ちながら、
昔から伝わる習わしに、少し心が浮き立っていた。
願いを胸に、輪を三度くぐる。
右、左、そして正面。
一歩進むごとに、
心の中のもやもやがすうっと軽くなる気がした。
顔を上げれば、まわりの人もどこか晴れやかな表情。
この輪をくぐった人はみんな、
少しやさしい気持ちになって帰っていくのかもしれない。
本堂から響く読経。
風が通り抜け、線香の香りがふっと漂う。
その瞬間、心の奥まで落ち着いていくのを感じた。
最後に手を合わせる。
家族の健康と、この土地の穏やかな日々を祈った。
祈りの時間は、日常のあわただしさを遠くへ押しやってくれる。
帰り道に振り返ると、赤い提灯がゆらゆら揺れていた。
まるで「また来年も」と声をかけられたようで、
少し名残惜しい気持ちになった。
こうして今年も茅の輪をくぐり、
人々のあたたかさと静かな祈りに包まれる時間を持てたこと。
それだけで十分な夏の思い出になった。
来年もまた、このお寺で。
同じように祈り、輪をくぐる夏が来ますように。