朝の光と、干物の記憶
朝の光が差し込む台所に、ふわりと潮の香り。
まだ冷蔵庫も開けていないのに、海が近くにあるような気配がした。
ふと目をやると、編み簀の上に、きれいに並んだ鯵の干物たち。
ひらいた身には、ほんのりピンク色の透明感。
まるで夕暮れ時の海面みたいで、じっと見ていたら、
いつかの港町の風景がよみがえってくる。
旅先で立ち寄った、あの朝市。
潮風に吹かれながら、小さなお店の前で笑っていたおばあちゃん。
干物って、保存食というだけじゃない。
思い出や、風景や、時間さえもぎゅっと詰まっているような気がする。
焼けば、ぱりっとした皮の下に、旨味がしっかりと宿っていて。
グリルの中から立ち上る、香ばしい香り。
それだけで、いつもの部屋が、どこかあたたかくなる。
なんてことない朝に、
ほんのちょっと「丁寧に暮らしてるなあ」って思わせてくれる。
そんな力が、干物にはある気がする。
干物は、派手じゃない。
でも、ちゃんとそこにいて、
静かに、自分の役割を果たしてる。
そんな控えめさが、なんともいとおしい。
写真にうつる鯵たちも、
朝の風を受けながら、じっと乾くのを待っているようだった。
ふと、今夜はごはんを土鍋で炊こうかな、と思う。
炊きたてのごはんに、焼きたての鯵を一枚のせて。
ほろっと身をほぐした瞬間に、
小さな幸せが、そっと湯気の中からあらわれる。
そんな景色が、じわじわと日々を豊かにしてくれる。
たとえば、忘れかけていた朝のにおいや、
遠くで聴こえる波の音を思い出すように。