人はどうして、細い路地に吸い寄せられるのだろう。
駅前のにぎやかさから少し外れて、ふっと静かな通りへ足を向けてしまうのは、
「知らないけれど、きっといいことがある」
そんな予感を信じているからかもしれない。
この夜もそうだった。
石畳のような道がまっすぐに伸びる細い路地。
右には民家の塀、左には少し年季の入った木造の建物。
鉢植えの緑がぽつんと並んでいて、生活の匂いが漂っていた。
その先に浮かぶ、小さな看板の明かり。
「和○」と読めそうな文字。
はっきりとは見えないのに、その丸みや光の柔らかさだけで
「あ、きっとおいしい」
そう思わせる力があった。
こういう店は、大きな看板を出さない。
のれんも小さく、中の様子もわからない。
けれど入ったら最後、もう抜け出せない。
出てくるのは、とろけるようなだし巻き。
炭の香りをまとった焼き鳥。
思わず「今日のお通し、うまいな」とこぼしてしまうような味。
その世界が、この路地の奥に確かにある。
にぎやかなチェーン店では出会えない、しみじみとした「うまさ」の世界。
静かな夜。
細い路地に、ひとつだけ灯る明かり。
その下では、きっと誰かが「おかえり」と迎えてくれる。
そう思うと、足を止めたくなるのだ。