船の後ろに長く伸びる白い航跡を見つめていると、不思議と時間の感覚が遠のいていく。
山並みはゆるやかに波打ち、空の雲はゆっくりと形を変えながら流れていく。
伊根の舟屋が見えてきたとき、まるで海と人の暮らしが溶け合っているように感じた。家々の軒先がそのまま海に触れていて、波の音がまるで子守唄のように聞こえてくる。
船を入れるための一階部分、その上で人が息をして暮らす二階。海と共に生きる姿が、静かにそこにあった。
水面は光を受けて、翡翠のように透き通っている。入り江を包む森の緑は深く、海の青さと重なり合って、見ているだけで心が澄んでいく。
ひとつの村がそのまま景色の一部になっていて、人がそこにいることが、自然に馴染んでいる。
ボートが進むたびに、波はすぐにかき消され、また海は静けさを取り戻す。
旅を終えても、心のどこかにこの景色は、しずかな余韻のように残り続けるのだろう。
――伊根は、海と暮らしの境界があいまいな場所。
その曖昧さこそが、豊かさのかたちなのかもしれない。
伊根の海をゆく ― 舟屋と波のあいだにある暮らし
